「怒り」を観ました。映画がこっちを潰しにくる。
八王子で起きた凄惨(せいさん)な殺人事件の現場には「怒」の血文字が残され、事件から1年が経過しても未解決のままだった。洋平(渡辺謙)と娘 の愛子(宮崎あおい)が暮らす千葉の漁港で田代(松山ケンイチ)と名乗る青年が働き始め、やがて彼は愛子と恋仲になる。洋平は娘の幸せを願うも前 歴不詳の田代の素性に不安を抱いていた折り、ニュースで報じられる八王子の殺人事件の続報に目が留まり……。(シネマトゥデイより)
とんでもないものを、観てしまった。
観終わった後、まず出てきたのはこの感情でした。
映画の出来が悪かったとかではありません。
良い悪いでいえば、完全に「良」です。
ただ、スクリーンから伝わるとてつもない熱量に、こちら側がやられそうになりました。
パンフレットに載っていた高畑充希さんの言葉。
「映画がこっちを潰しにくる」
まさに、これなんです。
心をぐちゃぐちゃにされます。
生半可な気持ちで見てられません。
正直、仕事帰りに観るのはキツイと思います。
体調が良いときに、休日に1人で観るのをオススメします。
でも、絶対に観て後悔しない映画、それが本作です。
まずすさまじいのが、キャストの激アツ演技。
渡辺謙、宮崎あおい、松山ケンイチ、広瀬すず、妻夫木聡、綾野剛、森山未来と、主要キャストだけでこの並び。豪華すぎます。
このキャスト1人1人の演技が、熱いんです。
「役に魂が宿っている」
皆さんの演技を見ていて、そう感じました。
特にすごかったのは、渡辺謙さんですね。
背中であそこまで演技ができる俳優さんは、今の日本にはいないんじゃないでしょうか。
あと個人的には、高畑充希さんの演技がすごくよかった。
出演時間はわずかなんですが、なんだろう、すごかった。
もしかしたら、あそこで一番泣いたかもしれない。
妻夫木さんに真相を語る時の表情、セリフの言い回し…
完全に何かが憑依していた高畑さんに、一気に惚れてしまいました。
その他の方々の演技も、相当追い込んでるな…というのがひしひしと伝わってきて、2Dなのに、3Dや4DX、IMAXを見ているかのような圧がありましたね。
この映画のタイトルは「怒り」です。
喜怒哀楽の「怒」です。
この「怒」がいかに厄介な感情かが、映画を観ているとすごく伝わってきます。
喜には「嬉しい」、哀には「哀しい」、楽には「楽しい」という形容詞があり、それらの表情をイメージすることは簡単です。
でも、「怒」には形容詞がない。
「怒った」とか、「腹が立つ」とか、動詞ばかりが浮かびます。
きっと「怒り」という感情は表情ではなく「動き」のイメージが強いんです。
物を投げたり、人を殴ったり、喧嘩したり、殺人を犯したり…。
でも普段、それらの動きをするかというと、多くの場合、私たちはそれを我慢します。「怒り」の衝動をおさえるわけです。
でもそれってめちゃめちゃ苦しいわけで、そういうときって、心がぐちゃぐちゃするし、何とも言えない表情になりますよね。
この感覚を、キャスト全員が演じているんです。
だから、すごいんです。
彼らの演技だけでも見ごたえがありすぎて、頭がクラクラしました。
また、全編に漂う緊張感がすごい。
李監督も「全シーン、クライマックスのつもりで撮った」と、インタビューでおっしゃってましたが、まさにその通り。
カット割り、カメラワーク、編集、すべてがじっくりたっぷりで、ピーンと張りつめたような緊張感が、2時間22分ずっと続きます。
さらに坂本龍一さんによる壮大な劇伴。
「バベル」を彷彿とさせるその音楽は、観る者の心をえぐり、癒します。
真実が明らかになり、各エピソードと音楽で紡がれていくクライマックスは圧巻で、鳥肌と涙が止まりませんでした。
軸として、「八王子夫婦殺人事件の犯人は誰か」というものがあるのですが、きっとそこが主題ではありません。
八王子の事件の犯人の報道によって、いろんな人々が疑心暗鬼になり、愛する人を信じたいけど疑って、登場人物たちが「怒り」を抱いていく。そんな 「人間の感情」、まさに「怒り」を描いたドラマなんです。
同棲したての綾野さんと妻夫木さんの会話のシーン。
「家にあるもん盗むとかしたら、俺、遠慮なく通報するよ」
「…」
「疑ってるんだぞ俺、お前のこと。なんか言えよ」
「…疑ってるんじゃなくて、信じたいんだろ。分かったよ。信じてくれてありがとう」
胸にグサリ、と刺さりました。
なぜ「怒り」の感情が生まれるのか。
それは、相手を信じたいから。
信じたいけど、もしかしたら犯人なんじゃないか。信じたいけど、もしかしたら…。
この気持ちのモヤモヤが、「怒り」につながっていく。
人間の気持ちの複雑さに、キリキリと心が締め付けられました。
この作品をリアルタイムで観れて、本当に良かったです。
劇中には普遍的な要素もたくさんありますが、この作品の描いている「今感」は、2016年の今しか体験できない気がします。
圧巻の2時間22分、是非劇場でご堪能ください。
やっぱり、ラストに妻夫木聡が泣く映画には、ハズレなし!
キャスト
渡辺謙
森山未來
松山ケンイチ
綾野剛
広瀬すず
佐久本宝
ピエール瀧
三浦貴大
高畑充希
原日出子
池脇千鶴
宮崎あおい
妻夫木聡
★4.7点